「東風谷さん、ちょっといいかな」 あくる日の放課後、僕は同じクラスの東風谷早苗さんを教室に呼び出した 言ったのは昼休み、お弁当を食べている東風谷さんに場所と時間を伝えた 既に日は沈みかかっており、夕日の光が窓から教室をオレンジ色に染める くるかな?こないかな?自分の机によしかかりながら僕は考える 忙しそうだからな…でも誠実な東風谷さんだ、約束は守ってくれるに違いない ドキドキ…不安な気持ちと楽しみな気持ちが入り交わる。割合にすると8:2ぐらいか そんなことを考えている内にガラガラガラと音がした 「あ…」 ドアを開けて東風谷さんが教室に入ってきた 心臓の鼓動が高鳴る、きた…きた…きてくれた… 「あ、あの…どうしたの?」 東風谷さんが僕に尋ねる。そうか呼び出しただけで用件は何も知らないんだ 用件を説明する前に東風谷さんが持ってるプリントの束に気がつく なんだろうか?一回置いて貰った方が良さそうだ… 「それ、どうしたの?」 「先生の頼まれごとで…」 「あ、じゃあ僕が置いてくるよ」 東風谷さんが持っているプリントの束を少し強引に取ると僕はそこから逃げるようにして教卓に向かって駆ける 親切心じゃない…ただちょっと逃げたかったというか…この雰囲気のままじゃ東風谷さんの顔が見れそうにない 僕は教卓にプリントの束を置くと小さく深呼吸をする。落ち着け…落ち着け僕… 何度か深呼吸をして、少しは楽になった気もするがやはり心臓の鼓動はいつもより激しい 「ありがとう」 東風谷さんの声が後ろから聞こえる。それも近くで、思わず振り向く 「うわっ!!」 僕は間抜けな声を出して盛大に教室の床に倒れてしまった。当たり前だ 振り向いた瞬間、東風谷さんの顔が10aぐらいまで迫ってたんだ 「だ、大丈夫?」 東風谷さんが驚いた表情で僕に言葉をかける。ちょっとびっくりしてるのかもしれない 僕は急いで大丈夫という意思を伝えようと起き上がろうとするが緊張か何故か 上手く起き上がれずに間抜けに尻餅をついてしまう。恥ずかしい…恥ずかしすぎる… 「ふふ…」 東風谷さんに笑われた…最悪だ、最悪だ僕… 顔を真っ赤に、自分では解らないけどきっと真っ赤になっているのだろう。そうして俯く僕に 「…」 東風谷さんが微笑みながら手を差し伸べてくれる その微笑みはまるで天使のようで僕の鼓動と緊張は最頂点まで高まった 「う、はっ、あ、ありがとっ!」 焦ったどもどもした声を出しながら震える手でなんとか東風谷さんの手を掴む 柔らかくて暖かい感覚が僕の手の平に伝わり、やがてその感覚が体全体に浸透していく 細く華奢な体なのに手を掴むその力はしっかりとして僕の手を離さない あれだけ緊張してたのに何故かフッと緊張の糸が解けたように体が軽くなり 東風谷さんが手を引っ張ると僕の体がフッと起き上がる。まるで奇跡のような一瞬だった 「あ、あのっ…」 「ふふ…」 また笑う東風谷さん。天使のような微笑み。見てるこっちが暖かくなるような笑みだが 自分が笑われているとなると暖かくなるというより肝が冷えてちょっと悲しくなってくる 恥ずかしい…女の子の前で盛大に転んでそれで手を差し伸べて助けてもらうなんて… 東風谷さんも幻滅しただろうな…いや、元々そんなに僕の事を意識してなかったのかもしれないけど… 僕がそんな想いを巡らせる中、東風谷さんの口から出た言葉は予想外の物だった 「可愛いね」 「は?」 そしてまたふふ…と微笑む東風谷さん。可愛い?今可愛いと言ったのか?僕の事を? 小動物的な扱いなのだろうか?それは解らないが東風谷さんに「可愛い」と言われたことで 僕の体は反射的に反応したらしく顔がいきなりボッと熱くなってクラクラしそうになるのを感じた 恥ずかしい…嬉しい…そんな色んな想いが混じってるのだろうか さっきまでよりも顔の熱さは段違いの物で明らかに他人が見ればゆでタコのように赤くなってると容易に想像がついた 今の僕の姿は間違いなく東風谷さんに見られている。可愛いと言われ顔を真っ赤にする男を 東風谷さんはどう思うのか?必死に気を逸らそうとしても顔の熱は消えず、逆にどんどん増してく気もした 「ねぇ」 ハッ!パニックでショートしそうな僕の頭の中が呼び声で一気に現実に引き戻される 声の主、東風谷さんを思わず見る。その顔はさっきのような天使の微笑みとは違い どこか遠くを見てるような…とても儚くて、今にも消え入りそうな表情だった 「ねぇ…」 東風谷さんがゆっくりと教室を歩き始める、背を向けて歩いてるので表情が見えない でも今、なんとなく声をかけなかったら、東風谷さんが消えるような気がして それで、思わず僕は何故か、声をかけるわけでもなく、東風谷さんの左手首を掴んで押さえてた 「うわっ!」 慌てて手を離す。何をやっているんだ、いきなり手首を掴むなんて セクハラみたいに思われたらどうしよう…なんでいきなり行動してるんだこのバカ体! 僕が心の中で虚しい自問自答を繰り返していると 「ふふ…」 東風谷さんがまた微笑んだ、さっきの消え入りそうな表情から、天使の微笑みに戻っている 僕はなんとなくそれに安心し、つられて笑う 「話の…続きだけどね」 東風谷さんが窓の方を見つめる。寂しそうで消え入りそうな表情なのに何故か口元は微笑んでる でも目は微笑んでない、遠くを見てて、悲しそうで、儚くて 僕はまた東風谷さんがどこかに行ってしまうような気がして 今度は体で止めるのではなく声で止めることにする 「続き、聞かせてよ」 東風谷さんがこっちをチラリと向いて一度微笑んだ すぅ…と息を吸う音が聞こえた気がする 「あのね…神様っていると思う?」 神様?神様というと神話とか、昔話とかで出てくるあの神様かな? 東風谷さんの口から唐突に出た言葉に、一瞬きょとんとしてしまう 東風谷さんはそんな僕の表情で何かを察したのか、急にこっちに向き直る 表情も消え入りそうなそれから普通の表情に戻っていた 「ご、ごめんね、変な事聞いて、今のは気にしないで!」 「いると思うよ、神様」 え…?という東風谷さんの声が聞こえた。 なんとなく、咄嗟に答えてた。普通の表情に戻って、気にしないでと言った東風谷さんが なんとなくだがとても寂しそうだったからだ 「神様いると思うよ、僕は」 「ほんとに?ほんとにそう思う?」 東風谷さんが不思議そうな…いや、何かを求めているような顔をして言う なんとなくおっとりとして穏やかな雰囲気から少し声が弾んでるような気もする 僕は東風谷さんの問いに頷きで返す。 なんとなく、東風谷さんの顔がパァァッと明るくなったような気もした 後ろに腕を組み、スキップみたいなことをしながら教室を歩き始める東風谷さん こちらと反対を向いてるので表情は解らない、だけど一つだけいえることはその背中は さっきと同じで消え入りそうで儚かった。だけどそのまま消えてなくなりそうな気だけはしない 僕はなんとなくその東風谷に惹かれる物を感じ、背中を見つめる 「神様ってね」 不意に東風谷さんが口を開く。 教室の窓の前に立っており、顔が傾いているので多分、空を見ているのだろうか 「死ぬことはないんだよ」 赤い夕日が教室を相変わらずオレンジ色に染めている 「でもね…」 東風谷さんの声のトーンが低くなる 一層、その儚さが増したような気がする 「忘れられたら、消えちゃうんだ…ずっと…」 その言葉を放った東風谷さんはとてもとても寂しそうで とてもとても悲しそうで…表情は見えないが涙を流してる気がした 「思い出して貰えるまで…ずっと…どんなに寂しくても…いつか…いつか思い出して貰うことを夢見て、そして待ち続ける」 いつもの大人しい東風谷さんとは違う、役者のように、スラスラと喋る その声は悲しそうで、寂しそうで、震えていて、それが演技だとしたらどんなにいいかと思えるほどだった 小さい背中が一層小さくなった気もする。でも、何故かやっぱりこのまま消えてしまいそうな感覚はない 僕が、僕が真剣にこの話を聞いているからなのかな…それは解らないが、僕は東風谷さんの話を聞き続ける 「神様って、そんな悲しくて寂しい存在…」 そこで話は一旦区切りがついた。教室に静寂が流れる。 東風谷さんは夕日を、もしかしたらその向こうの何かを見つめるかのように ずっと窓の外を見ている。僕はというとこういう時、傍によって慰めるとかそんなのをすればいいんじゃないかとも思ったが 静かに佇む東風谷さんが何故かとても神聖的で、今近づいたらいけないような気がして だから僕はずっとその背中を見つめていた、せめて、見失ってしまわないように 「ねぇ…」 静寂を切り裂いたのは東風谷さんの消え入りそうな声 くるっとこっちに振り向いた東風谷さんは微笑んでいた、だけどそれは寂しそうな笑みで 「私は皆に忘れられたらどこにいくのかな?」 東風谷さんがこちらに歩み寄ってくる。一歩一歩、ゆっくりと僕に迫ってくる 顔はもう微笑んでなかった、消え入りそうで寂しそうな表情で僕の下に寄ってくる 「消えちゃうのかな…」 俯きながら此方に歩み寄る東風谷さん。ピタッと止まった場所は 僕とほぼ10aほどの離れただけの距離だった。もう少しで密着してしまいそうだ でも僕はさっきみたいに緊張は何故かしない。何故か落ち着いて、変にリラックスして 目の前の少女を見失わないようにただ見つめる。 「どう…思う?」 震えるような声で俺に尋ねる。不安だ、不安でどうしようもないという声だった 小さい体がさらに小さくなって、さらにさらに小さくなってこのまま小粒になりそうなぐらい 弱弱しい、さっき僕を引き上げた時とは全然違った、別人のように思えた だから、だから僕はその不安を和らげてあげるために言った 「消えないよ」 「え…?」 「僕が忘れない、だから消えない」 東風谷さんの話はなんとなく解ったような解らないようなそんな感じだ でも、これだけは確実だ、皆に忘れられるということはない。僕は絶対東風谷さんの事を忘れない だから…消えない…んだと思う。忘れ去られると消えるということが良く解んないんだけど。 でもそれを聞いた東風谷さんは、きょとんとなんとなく呆然とした表情をしていて それからおそるおそる…と言った感じで 「本当…?」 「うん、僕は忘れない、だから…」 話の脈拍も何も解らない。でも僕はなんとなくこの先の結末が見えたような気がした だからそれを変えるため、その為に今言う。この教室にこの時間に、東風谷さんを呼び出した理由を 今言わないと駄目な気がする。一生後悔する気がする。 何故か最初にあった緊張とかは全然なく、今はただこの想いを伝えたいということだけでいっぱいだった 「だから…東風谷さん…僕は…君が…」 「駄目」 ぎゅっ、と手の平で口を塞がれた。東風谷さんはとても寂しそうだけどとても嬉しそうな顔をしていた 言えない、言おうとすれば言えるはずなのに、何故か言えない 軽く、ほんとに軽く手の平を口に当てられているだけなのに、何故か口は開けなかった 「それ聞いたら…私、行けなくなっちゃうから」 どこに? 「でも、いつか必ず戻ってくる」 いつかって? 「だから、その時、もう一度この場所で…」 … 「さっきの続き、聞かせて?」 … 「約束」 何を? 「私を、忘れないでね」 当たり前だよ 「ありがとう」 待って 「忘れなければ、私は消えないから」 待ってって 「必ず帰ってくるから」 待ってよ! 「またね」 家に戻ったのは8時過ぎだった。 部活もないのに何をやってるんだと親にこっぴどく叱られた後 ようやく部屋に戻ることができた。 制服のままベッドに寝転がり、天井を見つめる 何でこんなに遅く帰って来たんだろ……あ、そうだ 誰かを呼び出して、待っていたんだ。ずっと…でも待ってる人はこなくて… ってあれ?待ってる人って誰だったっけ… でも、なんとなく、心に残ってる…大切な人だった気がする 何を言おうとしたんだっけ…思い出せない… でも、待ってる人も言おうとした言葉も…今は出てこないけど 忘れてはない、いつか思い出せる。これだけは何故かはっきりと確証が持てた 何故だろう。でもなんか、いつか全部当たり前のように思い出すような気がする だから、なんでだろう。思い出せないのに嫌な感じはしない いつか、その時への期待だけが心の中にある。僕は、僕は絶対忘れない…それが約束だから… 俺今日教室行ったんすよ、教室、勿論自分の教室 何故かというと友人がクラスの女子に今日こそ告白するとか言い出してたんすよ 絶対くるなとか言われたけどくるなと言われ本当にこない奴はいないですよね 勿論、ついていきましたとも、隣の教室でじっと待ち伏せして すると隣からガラガラーって音が、ああ、その女子が来たんだなーって思って 俺はドアの窓の下にしゃがみ、その隙間から様子を覗いてたんですよ んでまぁ、告白するのかと思いきや最初は軽い談笑で そして友人転んだんですよ、もうドテーッと なんかその女の子が友人の方へ歩いていったら友人が振り向いてんでドテーッと びっくりしたんでしょうか、尻餅ついて中々起き上がれてないんですよ 全く情けない光景でしたね。んでその呼び出した女子に手を差し伸べてもらってようやく起き上がるんですよ いやー恥ずかしい、実際友人も顔真っ赤になってましたからね でもそれが空気を和らげたのか逆に緊張させたのかはともかく その女の子は笑ったりしてなんとなく和らいだ表情してましたよ、掴みおkじゃん んでそのまま上手く行くかと思いきや、なんかいきなり友人が女子の手首を掴んだんです 実力行使?とか思い突入しようかと構えたらどうやら早とちり、咄嗟に掴んだみたいです。セクハラじゃんそれ とりあえず様子を見てると明らかに空気が変わってるんですよね 友人は呆然と立ったままで、んで女の子は教室の中ゆっくり歩いてんで窓の前に立って あれは良く見えないが外の景色を見てる感じでした。好きなんでしょうか夕日が そのままなんかずっと話してるんですよ。声はあんまり聞こえないんだけど神様がどうとか言ってたので ちょっとこの子電波女じゃね!?って思ってげんなりしてる所で女の子が友人に歩み寄るんですよ ゆっくりと、なんかいい雰囲気じゃねーか?と思って軽く興奮してそして友人の声がちょっと聞こえたんですよ 「僕は…君が…」とか言ってた気がします、お!クライマックスか?と思ったんですが 「駄目」それだけはっきり聞こえました。女の子の方の声です。俺は実はそこから先のことは良く覚えてません なんか最後のその女の子の一言だけが頭の中で渦巻いて…あ そういえば友人は余裕で解るんですがその告白相手の女の子の名前…というか姿形度忘れちゃったみたいだ 思い出せない…結構特徴的な髪を…駄目だ、思い出せない。まぁ今度、告白の結果と共に友人に聞いて見ることにしますよ